「アスリートは歳を取るほど強くなる パフォーマンスに関する最新科学」
(ジェフ・ベルコビッチ著 船越隆子訳 2019年 草思社刊)
“歳を取るほど強くなる”、こいつは魅力的なタイトルだ。ベテラン域の有力選手がコーチによっていかに選手寿命を伸ばしたかのエピソード(科学的トレーニングや考え方)がたくさん掲載されている。
1960年代からアメリカで取り組み始められたスポーツ科学の潮流が、個別具体的な有名選手・コーチ・研究者をセットでずらり紹介。筆者のベルコビッチはインタビューに加えて自身アマチュアアスリートの視線で、自分自身もいくつかは試して書いている。第1章で、アメリカ人が大好きなランニングの有名選手メブラトム・ケフレジギ(メブ)が登場して高地トレーニングを取材。以降なにかとメブはエピソードに登場する。
70年代に日本ではまだ、「運動中に水は飲むな!」という風潮があったが、「脱水症状」という概念がスポーツドリンクと共に入ってきて日本の体育がスポーツ的に変化した。その概念はゲータレード社が研究者デイビット・コスティル(インディアナ州ボールスティト大学人間工学研究所)に研究委託したもの。コスティルは21世紀に入って運動生理学で700以上の論文を書いてスポーツ科学の産学協同システムを作った先駆者だ。
本書に登場する競技はコンタクトスポーツであるアメリカンフットボール、アイスホッケーや、野球やサッカー、そしてベルコビッチが愛好する持久系のランニング、サイクリングなど多義にわたる。読み出すと面白くて勉強になって寝落ちするほど夢中になった。本文だけで386ページに及ぶが、最後の2ページほどは強く共感できた。その見出しは<自分と会話する>だ。これは僕自身がいつもスポーツ指導で言う台詞。
僕は過去(40〜50代)に、心拍計のアラーム設定を自分の最高心拍数に設定して、ロングライドで速いグループで走ったときについオーバーペースに陥って脱落することを避けるペースダウン情報にした。でもジジイ世代になってやめた。競う走りはやめたから。サイクリング中に感じる皮膚感や心臓の苦しさや脚に乳酸が溜まりはじめた怠さは、自身の感覚で感知・反応できる。それこそが自分との会話と思う。頑固ジジィですみません、スポーツ科学は大事ですが情報でなく自分センサーも大事。
ベテランのサッカーやテニスの選手は、動きまわらずに試合相手を読み、最短距離を走り適格に攻撃する。それは野球で打者が相手チームのディフェンスをパッと読んでどこに打つかを判断するのと同じ。老獪になる。「ゆっくりすればスムーズで、スムーズにいけば速くなる」(Slow is smooth and smooth is fast)。アメリカの特殊部隊工作員はこの言葉を頭に叩き込んでいるそうだ。射撃訓練ではスローモーション映像のようにゆっくり行なう。無駄弾は弾薬を消耗するだけでなく、敵に自分の位置を知らせてしまう。注意深く狙いを定めたほうが目標に当たる確率も高くなる。
自転車のロードレースでプロトンにいるとき、ジジィは何となく落車事故が起きそうな状況を予知して難を逃れることができる。これも老獪さのひとつ。そして完走する。そのために体力・筋力を落とさないため日々のトレーニングは不可欠。本書を読むと、そのうちスポーツ科学が人を若返らせて死ぬまで健康を維持でそうな希望を抱けます。