「乗れる気がする」と少年が言ってくれた。
よかった、よかった。克服してくれた。
陸上競技部がある高校に1時間半かけて通学している少年は、先天性脛骨列欠損症で右ヒザから下が義足。右手の握力も少ない。「怖い、というので小学生のころに自転車の練習はしたのですが…。友だちが遠くへ遊びに行くとき息子は駆け足でついていくのです」と付き添いのお母さん。 パラアスリート発掘事業で出会った少年は、固定ローラー上のロードバイクでペダリングできたので、自転車に乗れるようにする個人指導を引き受けた。「きっと1時間もすれば乗れる」と大見栄を切ったのが、今となっては恥ずかしい。
某日、レッスンは都内の海浜公園遊歩道。人通りもほとんどない。午後1時から2時間の予定。coppiは少年の体格に合うリジッドMTB、ケガをした場合に必要な救急セット&洗浄用水を用意した。快晴、微風、準備万端である。
いつも子どもに自転車の乗り方を教えるとき、補助輪とペダルを外し、両足で地面を蹴って前進させる。その際、子どもの両方の肩に手を添えて転ばないように支える。前進するときに両足が地面から離れる、その距離が徐々に伸びて、ある程度の空走距離が達成できたら第1段階終了。第2段階は目標物(パイロンなど)を右回り&左回りしてブレーキで停止。第3段階は、ペダルを付けての練習。通常は2時間あれば乗れるようになる。
しかしこの日、少年は「怖い」というトラウマからの克服が必要だった。ランニングはできてバランス感覚もしっかりある。だが、自転車に乗ると転びそうで怖いのだ。
まずは緩い下り勾配の舗装路でアイスブレークと簡単な準備運動で意識を受講モードにさせた。健常者なら、ペダルを母指球で踏む、目線を遠くにやる、この2つを言い含めておけばいいのだが、少年はまず右の義足がペダルにうまく乗せられない。左の足でペダルを拾えない。だから最初のひと蹴り、最初のペダルひと漕ぎが難しい!
coppiの対応策は、枯れた芝生の斜面利用だ。下り勾配を利用して、最初のひと蹴りを省く。枯れ芝生に受け身で転ぶことで停止。芝生で自ら転がる見本を示した。笑顔で転倒、大丈夫、大丈夫、土の土手ならケガしないと思うよ。1時間ほどかけて、少年は少しずつサドルの上で過ごせる時間が伸びた。右に傾きやすい傾向があった。「左肩を落とすようにし、ハンドルを左にちょっと切ろう」とアドバイスするも、頭では理解してくれてもカラダが動かない。空走距離が5m、8mになり10mと距離を伸ばす。 ハイタッチでできた喜び共有。 「バランスがとれるかも」と高校生が言う。 休憩。
再度、反復練習だが、スタート前に左ペダルを自分の踏みやすい位置にすることを指示。すると、反復練習するうちに踏み足の位置決めも意識してできるようになった。 「できるかも」と高校生、「あと3回、いや5回やりたい」と前向きな姿勢。 休憩。
練習場所を変更。下り勾配が緩く右にカーブする舗装の小道で左右は芝生。この段階で高校生はバランスを崩しそうになるとブレーキをかけてどうにか停止できるようになっていた。左足でペダルをキャッチし、小刻みなクランキングで駆動力を得るように説明。それをできるように反復練習。 「できる気がする」と高校生。怖いモード霧散!
「平坦な舗装路でやってみたい」と自ら言い出した。両肩支えスタンスで平坦舗装路に挑戦。 「あとは自分ひとりでも練習できる」と、自信を持ってくれた。ここまでに2時間費やした。
大見栄を切ったのに、達成できたのは恐怖感の克服止まり。乗れるようになるまでお使いなさいと、リジッドMTBを無償貸与。少し悔しいスキル指導の仕事納め。
近日中に、「乗れました!!」と報告が来る日が楽しみだ。