埼玉・越谷で親子三代にわたり営まれた「前田自転車店」が2013年に廃業するにあたり、倉庫整理をしていたら見つかったのがこの三輪自転車。「東武よみうりウェブ版」の2013年3月4日付け記事には、<元店主の前田康夫さん(当時91歳)によれば「初代店主の前田豊吉さんが明治35年(1902年)に手づくりしたのではないか」と>とある。現在は越谷市大野間野町にある歴史民家・旧中村住宅の石倉に納められてガラス越しに見ることができるが、2021年現在の展示解説では<明治10年頃(1880年代)に製造され>と何故か時代が遡っている。
大先輩にご同行いただいてガラス越しに観察した。開口一番、「貸自転車ではないでしょう。そうなら相当傷んでいるはずです」と判断。
ヘッド部下から鉄製メインフレームは後方でY字型に分岐して2つある後輪に伸びている。分岐した位置から板バネ状のサブフレームがヘッド部上に至る。板バネ状の部分に木製サドルが裏側でボルト止めされている。このデザイン、まるでヴェロシぺードのようで美しい。
上下フレームを固定する部分にボルトナットがあり、六角ナットが使われていた(サドル取り付け部だけは四角ナット)。「明治10年頃に六角ナットは技術的に無い」ので後世に必要があって差し替えたのかもしれない。
メインフレームは鉄の角材。これも観察したところでは「たたら製鉄ではなく輸入材料でしょう」で、ヘッド部で太くなっているのは「鍛冶屋が鍛接(沸かし付け)したのでしょう」。サブフレームは板バネ状に見える。上から押してみられれば反り曲がる性質がある鋼かを判断できるがガラス越しなので不明だ。
フォークブレイズドはコラムとブレイズが鍛接されて整えられたモノで、観察すると前輪がカーブなどで振れたときに鉄帯タイヤが接触したのか削れている。フォークコラムは中空のようで、ここも触って検証できれば穴を開ける技術的方法がわかったのだが詳細は不明だ。
大八車のような車輪はハブ胴と12本のスポークとリムは木製。「木目がよく見えないけれど樫の木が使われているようだ」とみた。ハブやスポークは赤く塗られていた跡がある。
リム上の帯状鉄タイヤは、「これは圧延材で鍛冶屋が叩いて作ったモノではない」。クランクは鉄製で、シャフト状のペダルも鉄製。
この三輪車が製作された時代は技術史的観察の結果、明治20年代後期から30年代と見立てるのが妥当なようだ。それにしても旧中村住宅に展示されている三輪車の保存状態はいい。ぜひ見学してください。
SPEC.(展示されていた数値)
素材:フレームなど=鉄。車輪&サドル=木製。 全長:135mm。全幅:570mm。高さ:950mm。前輪径:740mm。後輪径:580mm。重量:不明
撮影協力:六城雅敦