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『自転車と女たちの世紀』ハナ・ロス著 坂本麻理子訳  Pヴァイン刊 2,700円+税(ISBN978-4-910511-38-2)を読んだ。

――革命は車輪に乗ってーー

この単行本のキャッチである。読み甲斐がある力作で、他に類が無い。

著者は自転車レース好きな祖父を持ち、自身も活発に走る女性です。本書は丹念に掘り起こした女性サイクリングの歴史本であり、たくさんのパイオニアたちの伝記でもある。

475ページからなる本書は四部構成。一部は1890年代に沸き起こりすぐ消えた上流階級のサイクリングブームが中心。ハードウエアの歴史にふれ、その高価な自転車を趣味として嗜んだ“ヴィクトリア朝時代”に生きた上流階級人の趣向・価値観を説きおこす。

1890年代半ばまでにアメリカとイギリスのサイクリスト人口の三分の一は上流女性。初期のボーンシェーカー(ミショー型)、ハイホイール(ダルマ型)、セーフティバイシクル(安全型)も最初は高価だったが自転車価格が量産化でこなれてくると、自転車は高尚な趣味というイメージが醸成されていた。とはいえ、上流女性たちは乗らなくなってしまった。なぜ?  詳細は第一部を読んでほしい。そんな自転車趣味の黎明期に革命分子となった女たちがずらり登場。

見出しで紹介すると一部は、「革命」。二部は、「抵抗と反抗」。三部は、「開けた道へ」。四部は、「トラック、ロード、マウンテンーー各種レースの女王たち」。

フェミニストのあなたなら二部と三部が興味深いはず。先進的な女性が社会のしがらみに縛られていた女性たちにサイクリングの手引書を書いて啓蒙したのです。社会的組織を作った女性もいます。1829年に「レディ・サイクリスツ・アソシエーション」(LCA)を発足させたリリアス・キャンベル・ディヴィッドソンは、多くの女性が同性だけで一緒にサイクリングをすることを好む点に気づいてネットワーク作り活動を実らせ、全英各地にローカル・クラブを発足させた。

ロンドンの「モーブレー・ハウス・サイクリング・アソシエーション」(1892年にフローレンス・ハーバートンと自転車好き人道主義者の貴族レディ・イザベラ・サマセットが共同設立)は、クラブで共用する自転車を用意。それは労働者階級女性に向けた取り組みで、希望者はささやかな額を支払えば毎月1週間、2週間と自転車を使えた。メンバーになった女性に、長時間労働で必要としていたリラックスできる時間と楽しみを提供した。分割払いで自転車を買い取れる制度も作った。

他にも、たくさんの女性が女性のために社会に立ち向かいました。また、女性たちを勇気づけてサイクリングに誘った女性もいます。2012年にギネス公認女性初の自転車世界一周152日間を樹立したジュリアナ・バーリングも紹介されてます。

21世紀、自由に自転車に乗るジェンダーとして、オリヴァン・サイコズ・バイシクル・ブリゲード(卵巣のあるサイコたちの自転車旅団)も紹介。有色人種「womxn」のためのサイクリング婦人団体で、黒いバンダナで顔を覆ったサイコズの面々が集団で走る画像は暴走族のようだが、真実はそれとほど遠い。サイコズは「womxn」とともに、性別を越えたバイナリーな「Latinx」=トランスジェンダー女性と有色人種女性も含むのだ。

四部は、女子レースの歴史がまだ新しいことに気づいて驚くでしょう。

UCI(国際自転車競技連合)が女子サイクリング世界記録を初めて認めたのは1955年、20世紀半ばという新しさ! それ以前にもレースで男どもを凌ぐ女子レーサーが何人も紹介されているけれど記録がほとんどない。それでも伝承、新聞や雑誌の記事に凄いエピソードがある、本書には脚注があるのでさらに深く知りたい人には貴重だ。

ここらでまとめよう。coppiにとってコロナ禍初期に感じたマスク着用の社会的圧力は、正直言って恐ろしく重かった。本書を通読して20世紀半ばまで、一般的な女性たちが社会的圧力下でサイクリングを楽しめなかった気分が判ったように思えた。

今でも、家(父)の顔色を窺ったり、他者の目を気にして自由に生きることに消極的な人(男性でも)はいるはずだ。そんな人はぜひ本書をお読みになれば、“自由のマシン”で心身ともに開放されたくなるはずだ。

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Post Author: coppi