ヴェロシオは自転車界の偉人。本名はポール・ド・ヴィヴィで、シクリスト誌でのペンネームが“ヴェロシオ”(Velocio)でした。彼のプロフィールは前回記事に書いた。今回は彼の偉業=私たちが現在も恩恵を受けているディレイラー関連をご紹介。
1888年から先はあらゆる自転車技術改良にヴェロシオは注力した。自ら編集長であるシクリスト誌で、とりわけ自転車とギヤシステムの賛否について熱心に読者と語り合いました。20世紀の始まるころの英国では、可変ギアについて多くの重要な理論的なアイデアが考えられ特許となっていました。英国人たちがシングルギアか3段内装ハブで満足している間に、海峡を挟んだフランスでは他の変速方法が活発かつ持続的に研究開発されたのです。
ヴェロシオは1989年にラ・ゴロワーズという自転車ブランドを興してイギリスの内装変速機構をより優れた外装変速機構にする改造記事を誌面に書きました。
ユニークな機構も多かった。クランクの両側にチェーンを付けた“バイチェーン”(1894年)や、イギリス特許による2段変速機構の“プロティアン”(1894年)に採用されたプーリー式チェーンテンショナーや、フリーギヤを2つ後輪にはめて、前にこいでも後ろにこいでも前進する“レトロダイレクト”(1903年)など、数々の可変ギヤを試しては誌面に紹介しました。
バイチェーン
レトロダイレクト
1905年ごろ、2本の細いロッドで走りながらギヤレシオを切り替えられる機構を弟子たちと開発。それはツーリストたちに“ヴェロシオの火かき棒”と呼ばれました。ロッドを用いた変速機構はその後、イタリアでカンパニョーロやヴィットリアからレーシング用途で発売されて、現在も熱心なビンテージ自転車マニアには人気です。
1916年におそらく世界初の実用外装変速機を装備したフランスの自転車“テロー”(Terrot)が登場(イギリス人が発明)。その機構は、チェーンが浮いて、下にあるスプロケットが横にスライドする仕組み。トップチューブのT字型ハンドルを押し引きしての変速操作は慣れが必要でした。ヴェロシオはテローも購入して熱心に改良しました。
ヴェロシオは自転車だけでなくアクセサリー類改良にもテストを繰り返した。その結論として、<実走行経験は、理論的な要素よりも重要>という考えに至ったのです。ヴェロシオの功績は長距離自転車旅行の遊び方(タンデムを含む)の提案、オートクチュールの自転車作り、長距離走行の規律の提唱者であり、変速機の重要性を根強く説いたことです。
シクリスト誌のコラムでひっそりと参加を募って春と秋に静かな村を選んでミーティングを開催。自転車ツーリストだけの非公式の集会です。例えばアルバート・レイモンドのCYCLOギヤは何回目かのミーティングで初披露されました。
ミーティングは第一次大戦以降、1913年にパリ近郊シャントルーで“ポリー” (マルチスピードギヤリング選手権)という人気イベントに引き継がれました。ポリーは変速装置を備えた自転車(この時代、ツール・ド・フランスは変速機使用禁止で解禁は1937年)により高低差2000m距離103kmタイムリミット5時間で競われ、常勝したのが高級自転車ビルダーの手によるルネルセでシクロがよく採用さていました。
サンティエンヌの峠グランボア(現在の表記Col de la R é publique)はヴェロシオが興したTCF(フランス自転車ツーリングクラブ)会員の聖地として崇められています。ちなみに日本でも京都に「グランボア」というツーリング自転車専門ショツプがあり、伝統的なランドナーのスタイルを尊重しつつ細部を今日的に洗練させた完成車の誂えに応じています。
ヴェロシオの変速機構に対する研究成果は後のフランス製変速機開発に精神的影響を及ぼしたといえるでしょう。直系の弟子であるジョーニー・パネルとアルベール・ランモンはディレイラー製品の分野では精力的なリーダーとなりました。パネルは1912年のツール・ド・フランスに無所属カテゴリーで出場。その参加動機はツールの主催者であるアンリ・でグランジェが変速機は年寄りや女性用だという偏見から師ヴェロシオを「小さなギヤを付けた大馬鹿者」と誹謗したことに対する反発心でした。
クラウディウス・ブーリエはキャンプツーリング啓蒙の人でしたが仲良しのパネルと共にシクロを製造。シクロの成功に発奮したルシアン・ジュイは1928年に変速機製造に着手、そのブランドはサンプレックス(Simplex=単純の意)で、専用ステーでフレームに取り付けるシクロとは異なり、単純に車軸に取り付けるだけでした。アンドレ・ユーレーもサンプレックスと並ぶほどにレーシング変速機をつくりました。
自転車界の偉人ヴェロシオは、自転車で遊ぶ知恵を遺してくれた。その名前を心に刻んでいただければ幸いです。
<ご参考>
書籍「Vélocio」
https://mai.saint-etienne.fr/paul-de-vivie-dit-velocio-levolution-du-cycle-et-du-cyclotourisme
書籍「Dancing Chain 」( History and Development of the Derailleur Bicycle )5章にヴェロシオ関連記事あり。
ウィキペディア「Vélocio」 https://fr.wikipedia.org/wiki/Vélocio