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“ふかいことをおもしろく”は、劇作家として健筆を奮った故・井上ひさし氏の言葉。

井上さんは創作の原点を、「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」と説明。

 

故・鳥山新一さんは1970年代、スポーツ自転車のポジショニングを決める目安に“三点式調整法”を提唱した。乗車姿勢を横から見たときに、サドル(尻)・ペダル(足)・ハンドル(手)の3つが三角形になる。大雑把だが簡潔、実に井上ひさし氏に勝るとも劣らない面があった。

JCAサイクリング入門三点式調整法

鳥山さんはこうも書いている。<昔は「上半身の肩と手と腰の三点を結んで、正三角形になるのが正しい乗車姿勢だ」といった指導が一部で行われていたが、これは人間工学的にみて正しいものではなく、安全の点でも欠陥が‥‥>と。いささか攻撃的。だが、鳥山理論以前の三点式論も実用自転車の乗車姿勢が上体を立てた姿勢の直角三角形であるのに対して、スポーツ車は上体を前側に寝かせた正三角形姿勢であるという対比で分かりやすい。戦後から1960年代まで圧倒的に実用車が主流であった時代にはそう悪くなかった。

70年代、ドロップハンドルのスポーツ車に憧れていた青少年は鳥山式三点式調整法に心を鷲掴みされた。<尻・足・手の正三角形>はやさしく見えるが奥が深い。

医学を学び、人間工学に通じていた鳥山さんは、サイクリング普及のために新聞や雑誌にたくさん執筆されインタビューに応えていた。「横から見たときに、尻・足・手の3つが三角形になる」はキャッチーな総論なのである。

70年代の第三次サイクリングブームに鳥山さんは多くのサイクリング入門書やバイコロジー関連書籍を執筆

もっと深く知りたくなった人向けに、鳥山さんは入門書を執筆。

一例として『サイクリング辞典』(ぺりかん社/1970年刊)に執筆した「自転車の正しい取り扱い方」から紹介。

=正しい乗車姿勢がとれるよう、自分の体格に合わせて、サドル・ハンドル位置を調節する(三点調整法)=

=自転車はあまりに身直にありすぎるため、だれでもその取扱いは十分知っていると思い込んでいるが、実はほとんどの人が正しい取扱い方を知らないまま、自転車を使っているのが実情である=

自転車好き少年たちは鳥山に学び・実践し・考え・育った。

図版は『サイクリング辞典』(ぺりかん社/1970年刊)より

=人間の身体は人によってばらつきがある。脚の長さも左右で違うものだ。(中略)サドルの高さは右利きなら右脚で調整し、左利きなら左脚で調整すればよいと記され、車種による走行速度→必要馬力→乗員出馬力→ペダリングピッチ→サドル位置という体系=の各論を展開。ディープな内容を自転車少年たちは誰もが咀嚼しようと努めたし、そうせざるをえない。成長期の自分、鍛錬期の熟成する自分、老齢期の衰えゆく自分‥‥。

自分の体格や体力は他人とは違う。さらに付け加えればサイクリング当日の体調や精神状態もポジショニングに影響を及ぼすだろう。

三角式調整法の深淵、誰もがそこに落ちる。生涯を通じて這い上がれないけれど、おもしろい。

Special Thanks●Ebisu Sakata

Post Author: coppi