昭和44(1969)年に東京・三田で創業したシクロサロン植原。
店主の植原郭(1940〜)氏が率いる港サイクリングクラブ(港CC)も高齢化が進み、引退クラブ員の自転車をご遺族からの引き取った車両、それ以前に「自転車に関するモノはとりあえずコレクション」するので、新聞・雑誌・書籍からポスター、ノベルティーグッズ、衣類、そしてパーツ類はディレーラーとランプ類が溜まった。
明治40(1907)年に建てられた町工場兼自宅の玄関部分がシクロサロン植原の店舗。店のバックヤードは旋盤機械(モーターの動力源は明治期が瓦斯、大正期になり電気)などが据え付けられ、かなりの奥行きがあったので、膨大な史料が蓄積された。棚に収めた箱には内容を記した張り紙があったが、詰め込まれ積み重ねられ、混沌となった。
港CCの友人R氏から、「もしも本人が亡くなったら、ゴミで処分されちゃうよ」と相談されたのが4年前でようやく先日になり、整理する第一歩に踏み出せた。まずは、立錐の余地もないほどのバックヤードを整頓。少しずつ、通れるようにした。これは作業前の段階。

積み込み最終段階、2tロングパネルトラックにぎっしり詰め込まれた。業界紙は雑多情報の宝庫

「裸の絵は要りません」とされた複製画。当初、藤田サドル所蔵品
大阪のシマノ自転車博物館には、“植原コレクション”のスペースが設けられた。普通の人の断捨離とは違い、これは文化遺産保護の取り組み。ゴムびき手袋、マスクを用意して博物館から届いた折りたたみ式コンテナーやダンボール箱に、内容物別に詰め込みする。数日後に引越し業者トラックが荷物を博物館に届けた際に、担当職員が保存棚のどこに収めるべきか判断できるようにラベルを貼る。
3日がかりで箱詰め&ラベル貼りをした。
A緑色ラベルは、書籍や小物・雑貨類。
B桃色ラベルは、自転車パーツ類。
C白色ラベルは、雑誌やポスター類。
作業が進むとホコリまみれ。ラックの上に手を伸ばすには、天井から吊るされた歴史的自転車をまず移動させ、脚立を利用。ラック下は土間にひざまづき腰をかがめて手を差し込む。と、上下ともに積もった砂埃やネズミの糞。それを払うのにすぐ慣れた。
ラック下段に押込まれたダンボール箱は湿気で下面が腐り、付着しているから引き出すのが厄介。まず押し、左右に振り、ラックと箱の付着面を剥離させる。薄暗い棚から引き出すとゴキブリが目の前から逃げ出す。腐りかけたダンボール箱はそれごとコンテナーに詰め込んだ。汚いままで博物館のスタッフには申し訳ない。
大判ポスター類は、折り曲げたりしないで運搬できるように、大きな段ボールで平たい収納ができる入れ物をガムテープ利用で即席に作る。そして“折り曲げ厳禁”とマジックで書く。

ニューサイクリング(NC)、サイクルスポーツ、バイシクルマガジン、自転車競技マガジンなどが創刊号から全てあったが、NC誌はかなりの売れ残り在庫があった。読んでいなかった新しい(と言っても20年前)バックナンバーを読後はフリマで誰かに渡すつもりで持ち帰った。これが重い!

2006年のNC誌は販促戦略か表紙はレース系絵柄が多い。中身は旅系記事中心。手帳巻末に「島野暦」。シマノ中心!
シマノ手帳も発掘して持ち帰り読めばさすがグローバル企業、巻末ページの度量衡換算表が欧米対応になっていた。最終日はホコリまみれ被害軽甚だったが、本番2日間作業後のジーパンは洗濯機を回す前にお湯で手洗いを10回は敢行、9回目のすすぎでようやくすすぎ水が茶色く濁らなくなった。
断捨離と銘打ったが、文化遺産保護ボランティア。汚れはしたが愉しき哉!